UIターン者の声

長野県からUターン

吉田 祥子さん

2児の母の吉田祥子さんは 2年前に出雲にUターン。

幼いお子さんを育てながら地域を盛り上げるイベント「ショウコ店」をハツラツと主催されています。そのバイタリティはどこから生まれて来るのでしょうか。

Uターンまでの経緯と今のお話を伺いました。

 

 

進学、就職、世界一周…出雲に戻るまでの旅。

出身はここ、出雲です。

大学進学で九州熊本へ。理系の環境学を専攻したので就職先はエコな会社を探し、阿蘇の天然土を使った環境商品を製造販売する地元ベンチャー企業に就職しました。単純に阿蘇が好きだったんです。営業活動や工事作業などで、主に西日本の下水処理場を駆け回る毎日でした。少数精鋭のメンバーでとても楽しかったです。

 

3年半働いたところで会社をやめて世界一周旅行に出ました。

タイ・インド・フィンランド・カナダ・アメリカ・ペルー・チリ・オーストラリアの8カ国。100日間120万円くらいかけて一人で巡りました。

会社を辞めてまで世界一周旅行を思い立ったのかは何故だったかな…はっきり覚えていません。 確か直感で「今しかない」「楽しそう」と当時の自分が感じていたような氣がします。

 

妹の出産に立ち会うために旅行を終えて一旦、出雲に戻ったのですが、世界中で色んな人と出会って、色んな時間軸で色んな価値観で生きている人を見て、たぶん情報量が多すぎたんでしょうね、何をしていいかわからなくなったんです。

周りからは 「(世界一周した後だから)これからなんか凄いことしそうだね」って言われていたけれど、大学を出た周りの同級生は安定した生活をしているなかで私は職ナシ、貯金ナシ、のただの無職ですよ。どうしたらいいかわからないまま北海道などでふらふらした生活をしていたのですが、再び実家に戻って松江の職業訓練校に半年間通いました。ちょうどその頃、前の会社の上司が起業した会社に誘われて再び熊本へ。数十人規模のオーダーシャツメーカーで、新規店舗の立ち上げをしたり、従業員さんのアイディアを集めて商品を開発したり、新しい製造機械を導入したり、外部の人間として会社を盛り上げる役目をしました。

 

出雲に戻るきっかけ娘が大荒れに荒れた夜。

その後、大学の同級生だった福岡出身の夫と結婚し、それを機に熊本から長野県諏訪市に移り住み、長女が生まれました。諏訪での暮らしは共働きのうえ、夫の仕事がとても忙しくて帰宅が日をまたぐことも多く、平日は完全に母子だけ。子育てもハードで、お互いの実家も遠く、「いつか実家の近い西日本のどこかへ拠点を移したい」と2人で話していました。

 

そんなある日、当時1歳半の長女の保育園の参観日がありまして。夫も私も仕事で参加出来なかったらその日の夜、ビックリするくらい娘が大荒れに荒れたんです。

参観日に親が来なかったのはクラスでうちだけだったんですね。

大泣きで晩ご飯を巻き散らかす長女の様子を見て、これではいけないと思いました。

 

2017年春、たまたま出雲の会社の求人が目につき、夫婦一緒に時間差で応募したところ、有り難いことに2人とも採用して頂きました。急にUターン移住に向けてものごとが動き出し、バタバタと準備して、その年の7月、車2台に荷物を詰め込み家族3人で諏訪から出雲へ引っ越しました。

 

今はこうして自分の実家に同居させてもらい、子育て、孫育て、を遠慮なく両親にお願いできています。今まで共働きの核家族でやってきたので、人の手、人の眼があることがことさら有り難く感じられます。福岡との距離も近くなり、年に5~6回は帰省できるようになりました。

現在この(実家の)すぐ近くに新居を建設中です。先日の餅まきの際は(出雲では棟上げの時に餅まきをする風習があります)長女が「カラフル餅まきがいい!」と言ったことから、 母が張り切って、カラフルなお餅とお菓子の詰め合わせを夜なべして作ってくれました。

面と向かってはなかなか言えないけれど、いつも助けてくれる両親にはすごく感謝しています。

もちろん、福岡のご両親にも。

 

移住の際の一番の悩みごと

まず驚いたのは、当時2歳の長女が保育園に入れなくてビックリ。就職が決まったのに子どもが預けられなかったらどうしようと、移住の際の一番の悩みごとでした。

一次面接の前に市役所に寄って保育園の状況を初めて知り、それを面接で会社に報告するという感じでしたので、事前準備が何も出来ていなかったです。結局、近所の保育園の一時預かりを利用し、数ヶ月後、空きの出た別の園に入ることができました。

何度も保育園を転園させ、生活環境もガラッと変わり、この頃長女が一番大変だっただろうなぁと思います。

 

みんなで楽しいことをしたい!Uターン後の取り組み「ショウコ店」

出雲で2人目の子どもを授かり、中途入社ですが仕事は育休取得させてもらいました。出産後、親戚のインテリアショップが週の半分を定休日にしたと聞き、いろいろアイディアが溢れてきました。大きなカレンダーの裏紙にやりたいことを書き殴り、「お店半分閉めているなら私に半分使わせてくれない?」と見せに行ったのがイベント「ショウコ店」のはじまりです。娘2人の育児も もちろんありますが、家族がこうして手伝ってくれるのでエネルギーも余分にあり、みんなで楽しいことをしたくてスタートしてみました!世界一周のときと同様、思いついたらとりあえず実行・行動しています。

 

インテリアショップmamo shopとのコラボイベントということで今年5月から始めて9月まで月1回開催します。誰でも楽しめるお店や体験が月替わりで集合するイベントとして、内容は地魚講座から木工ワークショップ、親子で参加できる生け花体験や自然派食品の販売等、関わって下さる方とのご縁で作っています。

 

そもそも、第一回目のイベントは2011年、再び熊本に戻る前に「ショウコ展」として開催しました。その折に、結婚前だった夫も手伝いに来てくれていて、その後ずっと、夫がしきりと

「おじいちゃんの眼がとてもきれいだった」と言っていました。

実は、出雲で暮らす事を選んだのは、私ではなく、夫です。

夫が私の家族を見て「出雲がいい」と思ってくれました。 出雲に戻って来た当初、私は戻って来る筈ではなかった場所に戻って来た感じで「浦島太郎感」がすごくて。家族も私自身も誰も、まさか私が出雲に戻ってくるとは思っていませんでした。

 

出雲の魅力って何ですか?

ゆるっとした時間ですかね。「出雲時間」って言いますよね?

地元の外に出ていたからこそ、その良さに氣づきます。

急がず焦らず、ゆるっとしていたほうが逆に上手くいくことが出雲では多い氣がします。

私は県外に居たときのクセなのか、せっかちで慌ててしまうところがあるので、出雲の人の良さを見習って元の出雲時間に戻したいです。

 

出雲はチカラを溜める場所。

出雲は私の充電スポットです。

いろんな場所に行ったり暮らしたりしましたが、振り返ってみると、外に出たり、新しいことを始めたりする節目の度に出雲に戻ってきていました。ここが自分にとって充電場所だから、自然と帰るようになっていたのかもしれません。

出雲は私が次の行動に必要なチカラを溜める場所。家族のつながりがあって、周りから力をもらって、エネルギーを満たして、だから新しいことができるのだと思います。

今後したいことのひとつは、南極観測所に行きたいです!(笑)

高校生の頃から、南極観測所にとても惹かれます。先日あった出雲科学館の南極イベントや、南極観測隊一般公募の応募要項をチェックしています(笑)。年齢制限が未確認ですが。

9月以降のショウコ店はまだ未定ですが、これからも家族と、まわりのみんなと一緒に楽しいことをしていきたいです。

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世界一周旅行からショウコ店の実現まで。「思い立ったら即実行」の祥子さんのバイタリティはご家族との関わりから育まれたものだったんですね。

インタビューにお邪魔した折の、温かく明るく和やかなご両親との様子に

「出雲は私の充電スポット」のお言葉そのままの光景を拝見した氣がしました。

今度の目標は南極観測所!祥子さんなら実現も夢ではないかもしれませんね。

これからもチカラを充たされて出雲に明るさと楽しさを広めてください。

祥子さん、ご家族のみなさん、どうもありがとうございました。

 

誰でも楽しめるお店や体験が月替わりで集合するイベント「ショウコ店」は

8月は23(金)・24(土)、9月は13(金)・14(土)に開催します。詳しくは下記をご覧下さい。

mamo shop ×ショウコ店   http://mamoxshoko10.ifdef.jp/

 

 

 

 写真・取材・文 たまちハウス 三品 知子

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