東京都からIターン

和田守 肇さん

田舎は、いくつかの仕事を組み合わせる

「多業」という生き方がしやすいです。

 

 

東京都江戸川区出身。高校卒業後、着ぐるみによるミュージカル劇団にて劇団員として勤務。並行して大道具や舞台監督などの仕事も掛け持つようになる。

その後、編集社やドラマDVD制作会社での勤務の後平成22年に出雲市に移住。市街地での暮らしを経て同市の海岸部である多伎町に移り住みご家族4人で暮らす。仕事の傍ら、キャリアを活かして「文化・芸術」を通じた活動にも多伎町で取り組む。

 

 

出雲市にIターンした経緯は?

 私は、東京で舞台大道具や編集社勤務などの仕事を経験してきました。そして、ドラマDVDを製作する会社で働いていた際、撮影やPRイベント実施のため何度か島根を訪れました。そのとき高校生から大人まで現地の人達と密に関わりを持つ中で、「人」の良さに惹かれるようになりました。人に愛着が沸くと地域全体がよく感じるようになるもので、島根のことがとても好きになりました。

 

 一方で、東京に帰るたびに東京の良くない部分が目につくようになり、次第に「ここは住む場所じゃないな」と思うようになりました。当時は東日本大震災の起こる1年前で、何か劇的なことが起こっていたわけではありませんが、理屈ではなく直感的にそう思っていました。

 仕事がひと段落つき会社を辞めることになった際、東京で職を探すよりも心惹かれる出雲でゼロからスタートしてみたいという想いが強くなりました。もっと言えば、私は劇団員時代に病気で生死をさまよった経験もあります。病気後の人生は「おまけ」のようなものであり、悔いの無いように生きたいとも考えていました。

 

 妻も、島根に移住したい旨を告げた当初は唖然としていましたが、このような経緯を理解してくれていたため賛同を得ることができました。そして、結果として平成22年に妻と当時3歳だった子供の3人で出雲市に移住しました。

移住後の仕事は、舞台関係の仕事や青果の配達、介護職などいくつか組み合わせており、充実した日々を過ごしています。

 

 

出雲市の市街地から、さらに多伎町に移住した理由は?

 出雲市に移住した当初の市街地での暮らしは、悪くはなかったのですが思い描いていたような田舎らしいライフスタイルを送ることはできませんでした。一方で、当然ながら東京近郊程の便利さはありません。そんなとき、青果配達の仕事で多伎町を通りかかり海岸の美しさに衝撃を受けました。エメラルドグリーンのように輝くその海を見ながら「ここは、まるで山陰のシチリアだ」などと馬鹿なことを叫んだりしていました(笑)。

 その後も、配達で多伎町に通うたびに惹かれていきました。妻とも話し合った結果、思い切って引っ越すことにしました。ちょうど、出雲市役所の空き家活用住宅でいい物件を紹介してもらい、入居が決まりました。舞台関係の仕事もしているため家に作業場が欲しかったのですが、その家はもともと大工さんが住んでいたということもありちょうどいいスペースがある素晴らしい物件でした。ちなみに、移住後には自分で薪ストーブも設置させてもらいました。

 

 

移住して良かったと思うことは?

 島根では「貴重な人間」になりやすいということです。東京だと人の数が多いので、どうしても埋もれてしまいがちですが、こちらでは重宝されることが多いです。例えば、大道具や舞台監督ができる人材自体が貴重ですし、私のように舞台監督もやって介護士もやる、となればさらに珍しがられます。そのため、東京では経験できなかったような面白い仕事を色々とやらせてもらう機会があります。

 都会では「どこにでもいる人間」でも、こちらでは割と簡単に特別で貴重と呼ばれるようになることができます。

 

 

島根の人たちについてどう思われますか?

 島根の人は保守的だと言われがちですが、それは必ずしもネガティブな意味ばかりではないと考えています。むしろ「敢えて、変わらないようにしてきた」のかもしれません。変わらずにいたからこそ守られてきたものもたくさんあります。例えば、荒神谷遺跡や、加茂岩倉遺跡のようなものが他の大都市にあれば高度経済成長期の開発中に掘り起こされ、価値もしっかりと理解されないまま潰されていたかもしれません。

 島根にあったからこそ、価値が理解される時代まで残り発掘されたのではないでしょうか。「変わらない」ことが、古代から島根の人達に与えられた役割なのかもしれません。

 

 

今取り組んでおられることについて教えてください。

 今年から仕事の合間を縫って「たきのがっこう」という活動をはじめました。多伎町に、一般的には有名ではないけど実力がある音楽家や俳優などのアーティストを呼び、子供をはじめとする地元の人達に「授業」をしてもらいます。アーティストの実力を、敢えて「本物」だとこちらからは伝えずに見聞きや体験をしてもらい、参加者の感性で「好き・嫌い」「おもしろい・おもしろくない」といったことを判断してもらいます。これを数回のシリーズで展開します。何度も繰り返し参加してもらうなかで参加者に感性を磨いてもらい、本質を見抜く力を身につけてほしいのです。特に、30年後にまちの主役になる子供たちがこうした感性を身につける意義は大きいでしょうし、一度都会に出て住むことがあっても「本質的なものは故郷にあるようだ」と考えUターンしてくれるようになるかもしれません。

 私は農業も漁業もやったことはありませんが、舞台に関る仕事をしてきた経験はあります。それを活かして「たきのがっこう」を行い、お世話になりっぱなしの多伎町の人達に少しでも恩返しすることができれば、私のキャリアも無駄にはならないはずです。

 

 

地方への移住を考える人へのメッセージをお願いします。

 「多業」という選択肢も持ってほしいです。これは働き方を「本業・副業」という2種類に分けて考えるのではなく、いくつかの仕事を組み合わせて生きていくというスタイルです。昔のお百姓さんがそうであったように、田舎は「多業」に向いていると思います。都会だと、こうした生き方をすると殺伐とした気持ちになってしまいがちかもしれません。

 田舎には、都会に比べて仕事が無いとよく言われますが、色々な仕事を拾い集めたり、生み出したりすることで十分に暮らしていけます。これから移住を考える人には、是非こうした働き方も視野に入れていただきたいです。

 

 

写真・取材・文 NPO法人ふるさとつなぎ 代表 清水隆矢【市よりの委託先】

http://hurusatotunagi.jimdo.com/