UIターン者の声

香川からIターン

村雨 学武さん

香川でディーラーに約20年働いていたという村雨さん。奥様が出雲出身で、縁あって葡萄の育成に興味を持ち始めたことがIターンのキッカケでした。Iターンの詳しい経緯や香川に戻ろうか悩んだ出来事、それを乗り越えた現在の暮らしなどのお話を伺いました。

出雲市駅から出雲大社へ向かう道中、大社町中荒木に広がる田園風景。かつて交通の要所として栄えたこの場所は現在、稲作や葡萄の育成が多くおこなわれています。そのビニールハウスが並ぶ一角に、村雨さんが所有する畑が建っています。

もともと高校卒業後、神戸で自動車整備専門学校に通い、Uターンをして香川県に戻り整備士としてディーラーで働いていたという村雨さん。出雲で葡萄農家へ転身することとなった経緯やその途中にあった苦労や挫折、現在の暮らしなどを伺いました。

 

「香川県の高松市で生まれ育って、高校を卒業してから神戸の専門学校に行きました。機械やメカが好きだったので、車の整備の専門学校で勉強して、香川に戻ってから約20年くらい車のディーラーで働いていました。」

 

出雲へIターンするキッカケは何だったのでしょうか?

 

「嫁さんが出雲出身なんです。それで帰省の度に周囲のハウスを見ていたので、農家そのものに興味が出てきた感じですね。で、お義母さんの従兄弟の方が葡萄農家をやっていらっしゃったのでハウスを見させてもらいました。そこから葡萄の魅力に惹き込まれてどんどんやりたい気持ちが膨らんでいった感じです。」

 

葡萄農家に気持ちが傾いた感じですね。

 

「車を整備したり弄ったり、ということは好きなんですけど、整備って整備したら終わりじゃなくお客さんに説明したり営業かけたりしないといけなくて。自分の性格上、喋るのが得意じゃないのでこのまま営業をしていくのは難しいな、と限界を感じていました。整備の仕事で独立…など、いろいろ考えていたのと同時に出雲で葡萄農家って良いかもしれないと思ったんです。それがちょうど2016年の夏くらいでしたね。」

 

そのときの奥様の反応はいかがでしたか?

 

「反対されました(笑) 出雲は嫁さんの地元だし、安心できるから良いんじゃないかと思ったんですけど。子供が4人いるので、やっぱり収入は安定しているほうがいいし高松の生活にも慣れていたので、今更地元に戻りたくないと言われてしまいました。」

 

そこから説得が始まったのですね。

 

「説得というか、半分強引で……。葡萄農家がいいかもと思ったのが夏で、その冬には『次の3月で会社を辞めます』って会社に言っちゃったんです。で、そのまま4月から自分一人だけで出雲に来る予定でしたけど、嫁さんや友人達の反対もあってそのときは保留になりました。農家をやりたいなら定年してからやればいいのに、という意見が多かったですね。ただ、自分のなかでは不思議と『今このタイミングじゃなきゃダメだ』という気持ちが強かったんです。

そんな状態で4月からは知人がやっているガソリンスタンドでバイトをしていました。それでもやっぱり出雲でやってみたいという気持ちが日増しに強くなったんで、もう一度きちんと話し合い、嫁さんも『じゃあやってみたら』と言ってくれました。」

 

強引ですが、最終的には応援してくださるように。整備の仕事に未練はありませんでしたか?

 

「少しはありました。でも整備士って常に人材不足なので、万が一葡萄農家がダメだったら整備士としてまたやっていけるかなと。資格もありますので。」

 

手に職がある、ということが転身の保険となっていたのですね。それではいよいよ出雲の生活が始まりますが、どのような生活だったのでしょうか?

 

「最初にお話した、葡萄農家を考えるキッカケとなったお義母さんの従兄弟の人に研修の受け入れ先になってもらえたので、最初はそこで色々と学ばせていただきました。研修中は単身で出雲に来ていたので、その間は2週間に1回くらいの頻度で香川の家族のところに帰ってました。」

 

不安な気持ちはありましたか?

 

「帰省で来ていて全く知らない土地ではなかったですし、収入に関しても現実的な話をたくさん聞いていたので『やっていける』という確信や直感みたいなものがありました。嫁さんには全然信じてもらえませんでしたけど(笑)」

 

ピンとくるものがあったのですね。UIターンの方に移住のキッカケを聞くと、第六感がはたらいて出雲にいらっしゃった方が多い気がします(過去の記事参照)。出雲に来てから大変なことや苦労した出来事はありますか?

 

「研修はお義母さんの従兄弟の方とも気が合って楽しくやらせてもらってたんですけど、1年目が終わったくらいのタイミングでその方がお亡くなりになってしまって。

でも研修は2年おこなわないと新規で農家を始めるための補助金がおりないので、島根県の指導員さんから『別の研修先へ調整しましょうか』と打診があったんです。自分としてはお世話になった農家さんですしこのままやっていきたいと思ってましたけど、大阪に住んでいらっしゃった近親者の方と話がうまくまとまらなくて……。その頃には家族も出雲に来ていましたが、研修は続けられそうになかったので、諦めて香川に戻ることを検討したこともありました。」

 

研修を受け入れて生活面でも良くして下さった方にご不幸が……すごくショックだったと思います。

香川に戻った場合はやはり整備士をお考えだったのでしょうか?

 

「いえ、やっぱり研修を経て自分には農家が性に合っているなと思ったので、香川で農家ができる畑や受け入れ先を探したりしましたね。

でもその前に出雲ぶどう部会青年部の方に紹介してもらい、小さな畑を2つ借りて自分で葡萄を育てていたんです。せっかく育てているものを中途半端にしたくないですし、翌年の収穫を終えてから畑をお返ししようと思ってました。」

 

小さな畑ではやはり生活できるだけの収入は難しいと。

 

「そう思ってたんです。でもそこで収穫できたものがある程度まとまったお金になったので、手応えを感じたんですよ(笑)それでやっぱりいけるんじゃないかと思い直して、出雲に残る決意をしました。」

 

収入の道筋が見えて踏みとどまったのですね。その後、ほかに畑を借りることはできたのでしょうか?

 

「とりあえず家族を養える収入が必要なので、借りられる畑があれば全部見に行って、すぐ実が取れそうな畑は借りて……という感じで、一箇所で大きく借りるのではなくいろいろな方から少しずつ借りることはできました。

そこからは大きな問題は特に無かったので、やっぱりその時期が一番しんどかったですね。」

 

2つの小さな畑の実りが人生の分かれ道になっていたと思うと感慨深いですね。

それでは色々な場所の畑を管理するようになって、農作業や生活面で印象的な事はありましたか?

 

「出雲はすごくアットホームだなと思いました。畑で作業していると近所の人が来てくれて、『調子はどう?』『困ったことはないか?』って声をかけてくれるんです。距離感も心地よく、付かず離れず見守ってもらったので寂しさとかは一切感じませんでした。

それに忙しいときは色々な人が手伝いに来てくれるのがとても有難いですね。子供の幼稚園のご家族さんとか興味を持ってもらって、収穫時期になると作業を手伝っていただけるので助かってます。」

 

地元の方と協力関係を築いていらっしゃるのは村雨さんの人柄あってこそかと思います。

農家というと朝が早いイメージがありますが、普段はどのような生活を送っていらっしゃるのですか?

 

「6月〜10月初旬までの出荷の時期は朝6時に集荷場へ行ったりするんですが、それ以外だと8時に起きて9時〜17時くらいまで畑を見回って作業をしています。10月の収穫が終わったら土に栄養をあげて、11月以降は枝の剪定をしたり、ビニールを直したり、ということをしていますね。

たまに子供たちも遊びに来るので、切り落とした小枝を燃やすとき一緒に焼き芋をすることもあります(笑)」

 

農家だからこそできる家族とのコミュニケーションですね。

 

「完全なオンオフを分けられない代わりに、平日も土日も関係なく自分の裁量で空き時間を作れるので、子供の行事など対応しやすいのは農家で良かったと思う点ですね。こういう生活が自分には合っていると思います。」

 

将来的な目標は、やはり畑を大きくすることでしょうか?

 

「まずは点々としている8ヶ所の畑を集約できたらなと思ってます。

あとは収穫した葡萄には規格があるんですよ。良いもの悪いもの、という感じの。自分が作っている葡萄はまだバラつきがあるので、安定して良い葡萄を出荷できるようになりたいなと思っています。」

 

出雲は雨が降りやすい土地ですが、そういったことも関係しているのでしょうか?

 

「ハウスとはいってもやっぱりその年の気候や天気に振り回されることはありますね。自分はまだ未熟なので、周りのベテランの方々に『今年みたいな場合はこうしたらいい』とかアドバイスをもらったりしています。出雲に来て6年になりますが、まだまだ経験不足を実感しています。」

 

6年というと長いようにも感じます。経験値を増やしていきたいとのことですが、収入面は最初の頃と比べるといかがでしょうか?

 

「補助金と合わせれば会社員でやっていた時と同じくらいの所得になってきたので、その点は安心しています。家族がいるので、それが一番の心配でした。

あとはもっと畑に関する色々な機械や道具を欲しいと思っていますけど……それは徐々に、とりあえず今は最低限のところからやっていこうかな、と。」

 

それでは最後に、UIターンを考えている方へメッセージをお願いします。

 

「やりたい事をやれる状況だったら、やった方がいいと思います。家族がいると責任の問題はありますけど。

自分も研修中にすごく迷っていた時期があって、香川の家族のもとへ時々帰っていたとき車を運転しながら『このまま出雲でやっていていいんだろうか』ってずーっと悩んでいたんですね。生活も確立できていないですし。でもそのとき『いま選んでいる道がもしも間違っていたら、何かの外的要因が働いて出雲で暮らしていけなくなるだろう』『香川に帰らざるを得なくなるだろう』という一種の賭けみたいな気持ちもあったんです。だから、やれなくなるまではやってみる。自分のやれることを突き進んだ結果、今こういう自分に合った生活ができているのかなと思いますね。」

 

 

 

一度は就職をして整備士として会社に勤めていた村雨さん。ご自身の性格に合った仕事を見直し、興味を突き進めて、時には周囲の手助けを借りながら農園を軌道に乗せているのは、意志の強さとやり抜く力によるものかと思います。

まずは安定して、良い規格の葡萄を作り続けること。

そして家族との時間も大切にすること。

加えて、もしも子供が農家に興味を持てば一緒にやってみたいですね、と語る村雨さん。農家としての暮らしを楽しんでいる姿が印象的なインタビューとなりました。

 

 

村雨さん、貴重なお時間をいただき有難うございました。

写真・取材・文 宇佐美 桃子