UIターン者の声

埼玉県からIターン

藤間 彩恵さん

出雲大社の近くにあるテイクアウト専門の日本茶スタンド「出雲茶寮 藤(いずもさりょう ふじ)」。埼玉県からIターンをした藤間さんは、「出雲地方の茶の湯文化や、お茶をゆっくり味わう楽しさを現代風に伝えたい」という思いを胸に、令和5年5月にお店をオープン。 お店には藤間さんが抱く想いや、これまでの経験がぎゅっと詰まっています。今回は藤間さんがお店のオープンに至った経緯や、これからの夢についてお話を伺いました。

 

出雲大社ほど近くにオープンした「出雲茶寮 藤」。静かに佇む古民家の縁側から漏れる心地よい日本茶の香りが、訪れる人々の心を優しく癒してくれます。

店内にはさまざまな茶道具が並んでおり、注文の際は藤間さんがカウンターでその都度お茶を点てるスタイルです。日本茶ラテをはじめとしたドリンクやスイーツ、お土産品などを主としたテイクアウト専門店ですが、夏は通りに面した縁側を利用することもできます。

 

作法を必要とせず、手軽に日本茶や茶の湯文化を楽しめるドリンクスタンドは、地元の方にも観光客の方にも愛されています。

カジュアルな体験価値に対する考え方と、Iターンと、出雲の日本茶や茶の湯文化。それらは藤間さんのなかでどのような経緯で繋がってお店のオープンへ至ったのでしょうか。

 

 

「自分と異なる文化を前にすると、少しぎこちなくなったり敬遠したりすることって誰でもありますよね。学生時代や社会人時代の経験から、そういう心のハードルを低くしたり、逆に好きになったりする『キッカケ作り』をしたいな、という気持ちをずっと持っていました。」

 

誰かの視野を広げるお手伝いということですね。そのころは関東にいらっしゃったそうですが、出雲へIターンするキッカケは何だったのでしょうか?

 

「会社で出会って結婚した夫が出雲出身だったんです。夫の実家は商売をやっている訳ではありませんが、夫は長男なので『いつかは出雲で暮らしたい』と言っていて心の準備はしていました。とはいえ、そのころ夫が茨城の会社へ転職することになり、私も会社を辞めて一緒に茨城へIターンしたので、出雲へ移住するのはまだまだ先のことかなと考えていました。」

 

UIターンをすることは決めていても、時期は漠然としていたのですね。

 

「そうですね。でも出産・育児をしていくなかで少しずつ考え方が変わっていきました。結局、生活の基盤づくりや環境の変化のことを考えると早い方がいいよねということで、子どもが小学生に上がるタイミングで出雲へ引っ越すことにしました。出雲に来たのが令和2年だったので、茨城には9年くらい住んでいたことになります。」

 

令和2年というと、新型コロナウイルスの初の感染者が出た頃で大変だったのではないでしょうか?

 

「まさしく関東で初の感染者が出たくらいのタイミングでした。でも大事になる前に引っ越しを終えていたので良かったです。

とはいえ、スーパー以外のお店はほとんど閉まっていましたし、感染しないよう気を張っていて、出雲の生活を楽しむどころではなかったですね…。地域の方々が『大変だったね』と優しくしてくださったのはすごく有り難かったです。」

 

心身ともに落ち着かない状況でしたね。そのほかIターンで大変だったなと思うことはありましたか?

 

「下の子どもが保育園に入れなかったことですね。待機児童ゼロと聞いていたのですが、ここがいいなと思った保育園には入れなくて。結局2か月くらい探し回って、預かり保育をしてもらえる幼稚園を見付けてからようやくパートで働き始めることができました。」

 

コロナやお子さんの預け先ですんなりとはいかないスタートとなってしまいましたが、日本茶のお店を立ち上げるキッカケは何だったのでしょうか。

 

「もともと夫の周りに飲食店を経営している方が多いことや、夫婦でUIターンしたあとも『出雲で何かお店をやりたいね』という話はしていたんです。でもその『何か』は全然決まっていなくて……そんななかで、私、出雲に来てから茶道を始めたんですよ。」

 

茶道、素敵ですね! 習い事としては古風ですが、なぜ茶道だったのですか?

 

「夫の実家では新年に家族でお茶を点てる風習があるんです。私も結婚してその輪に入らせていただいたのですが……まるで“外国人を前にした英語苦手な人”みたいになっちゃうんですよね(笑)全部があやふやで、ギクシャクしてしまって。事前にネットや動画で予習しても体は動かないですし。

毎年焦る自分にも嫌気がさしていたので、出雲へ引っ越したのを機にきちんと勉強しようと思ったんです。能動的というより受動的な感じでした。」

 

まさか、日本茶スタンドを開店した方のキッカケが苦手意識の克服とは思いませんでした。

 

「そうですよね(笑)最初は本当に敷居が高く感じてましたし、実際にお茶の先生のところへ通うようになっても1年くらいはしんどかったです。でも先生がとても良い方だったおかげもあって、所作が身に付いて知識も増えてくると少しずつ楽しいなと感じられるようになりました。

例えばお客さんのために選んだ器のことやお花や掛け軸、全部に意味があるとか、季節の花やお菓子のことだとか、それを客人に伝えない奥ゆかしさだとか。色々なことに目を向けられるようになって視界が広がったというか……人生が豊かになったと思います。」

 

日本文化の「道」は、その手法だけでなく精神性も大切にされていると聞きます。藤間さんは茶道を習うことで感受性も豊かになっていったのですね。

 

「そうなんです。だからこそ、いま先生方も高齢化が進んでいたり若い方で茶道を学ぶ方が少なくなっていったりしているのが、とても寂しく思えたんです。特に出雲や松江では、せっかく地域に根付いた茶の湯文化があるのに、それが廃れていってしまうのは勿体ないな、と。

それで夫と話をして、じゃあ『現代に即した日本茶を振舞う店を始めよう』という話になりました。」

 

冒頭で仰っていた『異文化を身近に感じてもらうキッカケ作り』をしたいという点に通じますね。

 

「『キッカケを作りたい』という気持ちはずっと持ち続けています。日本茶スタンドも、お客さんに作法は要らないけど点てる姿は見てほしいなとか、手軽に持ち歩くことができるほうがいいとか、茶道具ではないものも積極的に使ってみるとか、日本の文化を身近に感じてもらえるようにしています。」

 

味覚や嗅覚だけでなく、五感で楽しめる素敵な体験になると思います。

また、先ほどお店の前を通った地元の方と挨拶を交わしていらっしゃいました。古民家も藤間さんも、地域に溶け込んでいて素敵ですね。

 

「出雲に来る前は『よそから来た人は歓迎されないのでは』とか『閉鎖的なんじゃないか』と心配することもありましたけど、全然そんなことなくて。お店を始めるときも沢山お気遣いいただいて暖かさを実感しました。」

 

お店を始めてからは、困ったことや大変だったことなどありましたか?

 

「私一人で店番をしているので、生活のルーチンに慣れるまでは大変でしたね。オープンした年は試しに冬も縁側を開放してみたら強風が吹き込んで風邪をひいてしまったこともあり……健康第一だなと思いました。」

 

アルバイトなどはいらっしゃらないとのことですし、無理は禁物ですね。

オープンから1年以上経ちましたが、今後の夢や挑戦したい事などはありますか?

 

「お店は茶道を楽しんでいただく入口のようなものだと思ってます。次のステップとして、興味をもっていただいた方へお店の空きスペースなど使って簡易的に茶道を体験してもらえたらと思っています。

それと海外からのお客様も増えていることもあり、出雲市のインバウンド推進課と協力して企業や店舗向けの英語講座をこれまでに2回開催しました。そちらも続けていけたらなと思います。」

 

お店を通してこれまでの藤間さんの経験が一本に集約されているのですね。今後もお店の発展が楽しみです。

最後に、出雲へのUIターンに興味のある方々へ一言お願いします。

 

「意外と周りにUIターンの人は多いんですよ。地元の方だと思ってたら『実は私もIターンなんです』とか。なのであんまり心配しなくても大丈夫ですよと伝えたいですね。

それと都会みたいにすごく物事がひしめき合ってる街ではないので、逆に何か新しい事をやっていたら興味をもってくださる方がたくさんいます。新しい事を始めたい方にとってはチャレンジしやすいんじゃないかなと思います。」

 

 

 

 

これまで日本茶というとペットボトルのものを飲むことや、食事やお菓子のお供という程度の意識しかありませんでしたが、お話を伺っているうちに、どんどん日本茶や茶道の魅力に引き込まれていきました。 

出雲の地で紡がれる、藤間さんの「視野を広げるキッカケ作り」。その思いや経験は「出雲茶寮 藤」でカタチになり、未来へと続くとなっているように思います。 

 

藤間さん、貴重なお話をありがとうございました。出雲の味や文化を広めるお店づくりを今後も楽しみにしています。

写真・取材・文 宇佐美 桃子